「なんでわかってくれないんだろう」
仕事でも、恋愛でも、家族でも、こう思ったことが一度はあると思う。
相手に対して怒りや失望を感じたとき、多くの場合その原因は相手にあるんじゃなくて、「自分が勝手に期待していたから」だったりする。
これに気づいてから、ぼくの人間関係はかなり楽になった。
今回は「人に期待をしない生き方」について書いていく。
「人に期待しない」とはどういうことか
「期待しない」なんていうと、「人を信じない」とか「冷たい人間になる」という意味に聞こえるかもしれないけど、そういうことじゃない。
ぼくが思う「人に期待しない」は、こういうことだ。
「してくれたら嬉しいけど、してくれなくても構わない」
この一文に尽きる。
家族、友人、恋人、職場の人——身近な人ほど無意識に「こうしてほしい」という期待を持ってしまう。
でも、全然知らない人に対しては最初から期待しないから、何かされても大して腹が立たない。
これって不思議じゃないか。
身近な人に期待するのは、それだけ相手を大切にしているからでもある。
でも「期待の高さに比例して、失望も大きくなる」。これはほぼ法則だと思う。
期待する=相手をコントロールしようとすること
期待するということは、ある意味で「相手をコントロールしようとすること」でもある。
「子どもは親の言うことを聞くべき」
「友達なんだから助けてくれるはず」
「恋人なら察してくれるだろう」
こういう価値観を相手に押し付けていないか、ちょっと考えてみてほしい。
人はそれぞれ、まったく違う人生を生きてきた。
価値観も、優先順位も、感じ方も違う。自分の「べき論」は、相手にとっては全然「べき論」じゃないことがある。
僕が音楽活動で学んだこと
音楽活動をしていても、これをめちゃくちゃ痛感する瞬間がある。
バンドも複数人で動くから、「なんでちゃんと練習してこないんだ」「なんでこのライブを大切にしないんだ」という場面がある。
20代のころのぼくは、メンバーに対して勝手に期待していた。
「俺はこれだけ本気でやってるんだから、お前も同じくらいやれ」と思っていた。
でも、それは完全に自分の価値観の押しつけだった。
相手には相手の事情があって、相手の人生がある。
ぼくの「音楽への本気度」を、相手に求めるのはおかしかったし、今思えば他のメンバーからの僕への怒りや失望だってあったことだろう。
そういう小さな不満や怒りの積み重ねが心を遠ざけるし、結果的に解散することになった。
あの頃相当苦しかったけど、そういった経験を踏まえてこの年齢になってもう少し俯瞰してみる事ができるようになったと感じる。
僕だって人間だから、イライラすることもないわけじゃない。
でも、20代の頃のような怒りや不満や不信感を抱くことは少なくなった。
それは、誰に対しても「来てくれたらありがたい」「やってくれたら嬉しい」というスタンスに変えただけだ。
期待しないのは、人を信じないことじゃない
「期待しないって、人を信じてないってこと?」と聞かれたら
そうじゃない、むしろ逆だと断言できる。
ぼくは家族も友人も心から大切に思っているし尊敬、尊重している。
ただ「自分の価値観で相手を判断しない」というだけだ。
たとえばお金の貸し借り。
ぼくは基本的に人にお金を貸さないようにしている。
でも、どうしても貸す場面があるときは「あげる」つもりで貸す。
これは父から教えてもらった考え方で、「お金で人間関係は簡単に壊れる。万が一貸すなら、あげるつもりで貸せ」という言葉が今も残っている。
実際に返ってこなかったこともある。
でも「あげた」と思っているから怒りは湧かない。「返してもらえたらラッキー」くらいの感覚だ。
これと同じで、常に「やってくれたらラッキー」というスタンスでいると、失望がなくなる。
期待をやめてから、変わった3つのこと
「期待しない」を意識するようになってから、変わったことが3つある。
1. 人のいい部分が見えるようになった
期待しているときは、「この人はこうしてくれない」というマイナスばかり目につく。
でも期待をやめると、「今日もあいさつしてくれた」とか「メッセージ返してくれた」という当たり前のことに素直に感謝できるようになった。
2. 自分のことに集中できるようになった
他人に対して「やって欲しかったのにやってくれなかった」、とか「やってほしくなかったのにされた」
って考えちゃうことってすごいイライラして、ものすごくエネルギーを使うよね。
まず大前提として人はコントロールできない。
人を思い通りにコントロールしようとすることを極限まで減らしたら、人に対して感謝の言葉は出ることはあっても、不平不満は少なくなります。
3. 人間関係が全体的に軽くなった
人間関係は鏡。こっちがコントロールしようとしていないからこそ、相手も自然体でいられるのかもしれない。
期待しなくなってから人との距離が縮まった気がする。
いや、これは「気がする」なんかじゃない。
不満や怒りを抱いていた20代も、現在の僕の心境もすべてその時々の僕自身が作り出した世界なのだと思う。
まとめ:みんな違って、みんないい
失望や怒りは、ほとんどの場合「自分が勝手に期待していたから」生まれる。
相手に何かを求めるのではなく、「してくれたら嬉しいけど、しなくても大丈夫」というスタンスでいると、驚くほど気持ちが楽になる。
金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」にこんな言葉がある。
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
みんな違う。それでいい。
相手に自分の価値観を重ねるのをやめた瞬間、人間関係はずいぶん優しくなる。
そう思いながら、ぼくは今日も地元高知で歌を歌い楽器を弾いている。
読んで下さってありがとう。
もし気になったら、noteも覗いてみてください。 高知で音楽をしながら生きる話を、 ここより少しだけ正直に書いています。






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