ちーモのてくてく歩こうブログ~tech-tech-walking~

当初はtech(技術者)とてくてく歩くをかけたテクニカルブログだった雑記ブログです。

退職をした僕が退職時に散々言われた「次は何の仕事をするんですか?」に答えられない理由

スポンサーリンク

先週末に退職をした。

前職はPCサポートを行っており、多くの方々(ご年配の方が多め)からのお問い合わせに対して案内や設定をし、数えきれない程の感謝のお言葉を頂いた。

勿論個人ではどうしようもないクレームもあったが、できる限り真摯に対応をした。

苦言を頂いても、至らない点を受け止めた上で迅速に対応することで逆に今まで以上にお客様の信頼を得ることができることも学んだ。(この話は別の機会に書けたらと思う)

 

感謝されて嬉しくない人間などいない。

お困りごとを解決し、感謝の言葉を頂いた時は、僕も例に漏れず嬉しかった。

多くのスタッフがいる中で僕を名指しで指名してくれたり、中には僕宛に本社にお菓子の詰め合わせを送ってくれたこともある。それも一回だけではない。そして

僕の知る限り、僕の勤めていた約7年間でそれは僕以外いない。

(本当に自慢じゃなくて・・・お客様目線で当たり前に仕事をしていればこういったことは職種を問わずあると思う)

 

何より人の役に立つことで、その対価として給料をもらうというのは本当に喜ばしいことだ。もし生きるためだけにやりたくもない仕事をしているのであれば、そういった喜びとは無縁の寂しい人生だ。

 

仕事は一生の大部分の時間を割くのにも関わらず、嫌な仕事、もしくはやりがいはないけれど生きるために仕方なく感じながら働いている人が9割、いやもっといるんじゃないかなと思う。

 

PCサポートの仕事は僕にとってどちらかというと適職だった。

じゃあなぜ退職したのか、それは天職ではなかったから。

 

僕は僕自身で言葉を紡いで、僕の魂が喜ぶことをやりつつ結果、人が喜ぶことがしたい。その感覚って説明することが難しい。

 

だから僕は「次は何の仕事をするんですか?」には答えられない。

答えられる質問があるとしたら「これから先どのように生きていたいですか?」もしくは「もしくはこれから先どうありたいですか?」だ。

 

「人生とは何者になるかではなく、何者であるか」が第一義的な目的だ。

瞬間瞬間をどういった人物であるかを念頭に置いて生きていると、結果は自然と付いてくる。

 

こういうことをいうと宗教くさいとか、胡散臭いとか、気が触れたとか色々言われると思う。だから、はなから理解できない人に説明することはできない。

 

現時点の僕の周りにいる人々にとってこの考えはもはや全く言葉が通じない宇宙人のようにさえ思うだろう。 

 

月を指す指は月ではない

 

という禅の言葉がある。

月を真理指を言葉に置き換えた時、真理言葉でいくら語ったとしても言葉そのものは決して真理ではないという意味だ。

 

とにかく僕はそれを言葉で説明することはできない。

今僕の周りにいる友人、知人は僕の元を去るかもしれないし、関係性がより深まったりするかもしれない。今までとは全く別の別の友人ができたりもすると思う。

 

今が僕にとって人生の新陳代謝の始まりなのだ。

決して悲しくも寂しくもない、淡々と悠々と自分の人生を生きらればと思う。

美しい世田谷の朝焼けに静かに誓ったのだった。

では、また。

 

f:id:chihirocity:20180918213730j:plain

【スポンサーリンク】