ちーモのてくてく歩こうブログ~tech-tech-walking~

当初はtech(技術者)とてくてく歩くをかけたテクニカルブログだった雑記ブログです。

学校に行きたくないなら行かなくてもいい、とにかく生きてほしい。

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僕は小2から本が好きで図書室でこもって本を読んでいた。当時わんぱく男子が大好きだったドッチボールが大嫌いで、とにかく本を読んでいた。

 

僕の小学低学年は暗すぎて脳が嫌がるのか思い出すのも困難だけれど頑張って学校へ行ってた。

その頃の僕には家と学校以外に世界はなかった。

この部分は今の中高生も同じかな。

 

また、母親が教師だったので田舎の狭いコミュニティーにおいて先生の子供だからしっかりしてて当たり前と思ってる周りの空気を読もうと頑張って演じてたこともすごく自分には息苦しかったんだと思う。

 

毎朝担任から名札、ハンカチ、ティッシュのチェックをされ、所持してないと減点された。

僕はかなり意識してたので毎回忘れる事なく持って行ったがある日、ハンカチを忘れた。

でも、どうしも言い出せなかった。

先生は僕をチェックせずに言った

 

「ちーモを見習うように!」

 

僕は下を向いて顔を上げることができなかった。

クラスメートにとって僕は名札とハンカチ、ティッシュを忘れないだけのつまらない奴になっていた。

 

その頃学校に行くのが嫌すぎて、1時間目が始まったら静かになった校舎の横の体育館の裏で時間を潰してた。時間を潰してるようでその実自分自身が潰されそうだった。

 

その頃よく考えたのは違う世界に行きたいって事。本読んでたからそういった妄想は一人前だったのかも 笑

 

小学校4年位まで友達らしい友達はおらず、人と話した記憶があまりない。

未だにきっかけは思い出せないが、そんな僕が小4でスカートめくり好きのドッチボールが強いY君と仲良くなった事が転機で人とガツガツ話すようになった。

 

Y君は運動神経が非常に優れており、みんなにとって、そして何より僕にとってスーパースターだった。Y君と絡むようになって僕自身が驚いたけど、小5で何人かに言われた。

 

「ちーモって転校生?、話めちゃ面白いね。」

 

僕は高校卒業まで地元を離れたことはないから勿論転校生ではなく、僕がいかに小学4年生まで人と関わっていなかったかがわかるエピソードだと思う。

 

何度も言うけど未だに何故その時Y君が僕を遊びに誘ってくれたのかわからない。

ドッチボールの球を受ける、投げる特訓をしてくれた。クラスのリーダーに気に入られる事で僕自身もどんどん周りが受け入れてくれた。

 

彼との色々な話はいつか書きたい内容だ。

でも今僕が言いたいのはY君の話ではない。

僕が言いたいのは、小学や中学で世界が暗くても、辛くてもどうか死なないでほしい。ってこと。

 

僕には若くして自殺した友人がいる。

 

恋をして、結婚して、子供を産んで……、そういった人生が彼女にも待ってたはずだと未だに思う。

 

今おっさんになった僕はあの頃の自分と、そして命を絶ってしまった友人に会って話したい事が山のようにある。

 

言葉の前に抱きしめてやれる。

だからこのブログで今この瞬間暗い世界にいる誰かを間接的に抱きしめられたらうれしい。

 

Y君のお陰で僕は人を笑わせるのが好きになり、中学校の文化祭で漫才ライブをやったし、漫才ライブの後にバンドのボーカルとしてライブをした。

 

僕の本質はずーっと変わってない。

人を癒したいし、人の役に立ちたい。

そういった思考から結果目立った事はあったけど、本質は目立ちたがり屋じゃない。

僕だからこそ人の痛みが少しは分かると思う。

 

アホだからわからないこともあるけど、わかろうと努力する。

夏休み明けは自殺が増えるってよく言われてる。

死なないで大人になっておくれ。

世界は君が思ってるより、めちゃ素敵だよ。

 

高知の某無人駅の横を線路沿いに自転車をつく不思議なおっちゃんがいて写真撮ってしまった 笑

君がおっちゃんおばちゃんになったら、いやおっちゃんやおばちゃんにならんくても、そこから何処へでもいけるよ。

 

では、また。

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